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松が丘体験記(2)

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松が丘体験記(2)

松が丘助産院での出産 J・Wさんの場合

私が松ヶ丘助産院にお世話になったのは、ちょうど妊娠4ヶ月目の頃でした。それまで通っていた婦人科は、小さなところで健診のみで出産はできなかった為、妊娠がわかった頃から出産場所を探していました。
出産をする場所については、漠然と分娩台でなく自由な体勢で出産をできること、会陰切開や促進剤などはなるだけ使わず自然な流れで出産をサポートしてくれるところを探していました。
インターネットで見つけた松ヶ丘助産院は、そんな私の希望にぴったりでした。

自宅と実家のちょうど中間地点に位置していたので、早速見学会に参加して、おうちのような木造一軒家の建物やスタッフの方達との身近な距離感など温かみのある助産院がいっぺんで気に入りました。それに、助産院で受けられる自然なお産をサポートするアロママッサージや、リフレクソロジーや整体などにも大変興味を持ちました。
院長の宗さんから松ヶ丘助産院で無事出産する為の日々の生活で守るべき生活習慣の指針を頂き、(早寝早起きをする、よく散歩をする、目や頭を使いすぎない、食事は和食中心でお菓子等の甘いものをなるだけとらない、体を冷やさない等々)感銘を受け、すぐにでも実践しようと思ったものの、フルタイムで残業もよくある職場で働いていた私は、なかなかそれが守りきれませんでした。

定期健診の度に、すっかりむくんでいる足から夜遅い夕食と就寝時間にあることを指摘され、その通りなので、「そうですね、気をつけます」としか答えられません。けれども、また仕事で遅くなって夕飯や就寝時間が遅いままの生活からはなかなか脱せられず、よく苦い思いをしたものでした。

さらに、当時アパートのエレベーターなしの4階に住んでいて、産後のことを考えて、妊娠7ヶ月の時に思い切って引越ました。ただでさえ、引越は大変なものですが、やはり身重な体に結構こたえたようです。
しばらくして、逆子が発覚しました。
もう少しで治らなければ帝王切開になり、助産院で産む事は難しいという事態になってからは、一気に本気のスイッチが入りました。
宗さんからは、「こんな体じゃ、助産院で自然分娩なんて無理!現代人の生活は、自然に出産することと逆行の生活習慣になっているのだから、何倍も努力しなくちゃ無理!お産をなめたら駄目よ!」と厳しいお叱りを受け、「確かに出産って赤ちゃんの命がかかっているんだ!!」と改めて実感してからは、なるだけ家では目を使わないようにして、夕食もできるだけ早めに済ませて就寝し、冬だったので靴下の重ね履きや腹巻きをしたり、半身浴や助産院や針の先生に教わったお灸をすえたりして体を温め、針も受け、とにかくよく歩くことを徹底しました。
そうした生活を送っているうちに、幸いなことに逆子がなおりました。

また、9ヶ月目頃にようやく自宅での仕事に切り替わり仕事の量もかなり減って、自由に時間を使えるようになったので、以前からずっと行きたかったゆる体操やマタニティーヨガや、アロママッサージ、リフレクソロジーなど次々に受け始めました。今、考えるとこの頃が一番心身ともにゆったり妊婦生活を満喫できた時期だったように思います。

こうして10ヶ月になる頃には完全に仕事からは離れ、いよいよ出産準備のみに集中していました。
私の予定日は、2011年の3月7日でしたが、7日になってもいっこうに陣痛の気配がありません。そうして4日後にあの大震災がありました。

ちょうどあの日は健診で、大地震が起こった時は診察の為、横になっていたところでした。誰もがそうであったように、我が家も夫となかなか連絡がとれず、夫が仕事場からいつ家にたどり着けるのかもわからないし、交通機関も乱れていた為、健診できていたもう一人の妊婦の方や赤ちゃん連れの方と一緒にその晩は助産院に泊めていただくことになりました。
出産間近で大きなお腹を抱えての大地震でしたので、そうしたご配慮は大変有難く心強かったです。
また、予定日通りに出産していたら、大地震の中で生まれたての赤ちゃんと退院していた頃ですので、逆にまだお腹の中にいてくれて本当に良かった、中にいた方が安全だと知って留まっていたとはなんて賢い子なのかしら、といい様に解釈したものでした。

とはいえ、あまり遅くなってしまうと助産院で産めなくなってしまいます。ですので、予定日を過ぎてからは、陣痛がくるようにアロマやリフレクソロジー、足の100本灸、針などあらゆる刺激を受けるように勧められて、実際にそれらを実践しました。
特に針の先生の所には足繁く通い、大変お世話になりました。
また、この頃には緩むことも大事ということで甘いものや好きなものを食べてもいいという宗さんからのお許しも出て、ここぞとばかりにケーキや甘いパンなどをほおばったものです。

私の出産は、結局破水から始まりました。ちょうど、リフレクソロジーと針のダブルの刺激を受けた日の晩でした。
破水が夜の10時頃起きて、助産院に連絡をして、夫とタクシーで助産院に向かいました。陣痛も少しずつ起こっていましたが、タクシーの運転手さんと笑って話せる余裕がありました。
助産院についてからも陣痛はなかなか進まず、足浴をして、体を温めて陣痛の進むのを待ちました。ただ、破水から始まると24時間以内に出産しないと、赤ちゃんの危険から病院に搬送されると聞いたので、「ここまできて、他の場所で出産するのは絶対嫌だ。なんとか時間内に産む!」とここで気合いが入りました。
また、どのタイミングで効果が出るかは人によるけれど、ヒマシ油を飲んで下痢を起こすことで、出産を促進させる方法があることを聞き、こうなったらと牛乳わりのヒマシ油を飲みました。お陰さまで思ったほど、飲みにくくはなかったです。

徐々に陣痛は進んだものの、本格的な陣痛が始まったのは、明け方4時頃だったかと思います。
それからは、畳のお部屋で出産するのに自分の好きなように楽なポーズをしていいので、いくつか体勢を変えてみました。
腰が割れるように痛くて、思わず夫に強い口調で、腰をさするように何度も促しました。あまりに痛がっていたのを不憫に思ったのか、そのうち整体の先生を呼んでくださって、先生がマッサージをしてくださり、それでも強い痛みはありましたが、お陰でかなり痛みが和らいだように思います。
また、初産だった為かなかなか子宮口が開かず、でも陣痛が辛くて、「もう駄目!」と気弱になっていると宗さんが「あなたがしっかりしなくて、どうするの!!赤ちゃんも一生懸命頑張っているのだから、あなたも頑張りなさい!」と厳しいながらも温かい喝を入れてくださりました。その言葉に、「そうだ、私が頑張らなくてどうする」と気合いを入直したものです。

何度か大きくいきむうちに、ようやく赤ちゃんの頭が見えてはいたようですが、頭が大きいのかなかなか出てきてくれません。
それでも最後は宗さんのプロフェッショナルな誘導によって、翌日の朝10時頃自力で産むことができました。初産にしては早い方のようです。
予定日より11日遅れたことでもともと大きいのが余計に育ったのか、3908gの大きくて元気な女児でした。

産後の感想は、産まれてすぐにお腹の上にのせてもらった我が子の存在がとても不思議であり、また無事に出産できたことの安堵感でいっぱいで頭がぼーっとしていました。
陣痛は本当に痛く苦しかったですが、こうした体験を夫にも見せて分ち合えたのも私にとっては有難かったです。(夫は苦しそうで見てられなかったと言っていましたが。。。)例のヒマシ油は、私の場合、どうやら産後に効き始め、ぼろぼろの体にむち打って何度もトイレに行ったのでした。

大地震から間もなくの出産だった為、いろいろなことが不安でいっぱいでしたが、助産院で過ごした間は、暖かい日差しの入るお部屋や優しくて信頼できるスタッフの方達によるサポートに安心しきって、美味しい松ヶ丘ご飯を堪能しつつ、産まれてきた我が子とそうした不安を感じることなく過ごすことができました。また、授乳の仕方なども産後の入院期間中に各スタッフの方がご丁寧に教えてくださり、非常に助かりました。

私の妊娠から出産、産後の記憶がほっこりと温かいものであるのは、宗さんをはじめ、スタッフの皆さん、提携先の産婦人科医の先生、またアロマ、整体、リフレ、ヨガ、体操、針などの先生方のお陰であり、皆様には心より感謝しています。

今後、出産を予定されている方々にも、私と同様の経験をぜひ体験して、妊娠~出産~産後はいいものだ!と実感して頂ければ幸いです。
そして、今年の半ばにシドニーに移住する予定をしていて、近い将来できれば2人目もと考えているのですが、松ヶ丘助産院でのこうした素敵な経験をしているだけに、シドニーでも同じような経験ができるか少し不安がなきにしもあらずなこのごろです。

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